COLUMN

2024-02-06 10:35:00

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2023-12-31 21:44:00

小坊主な一年

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今年は皆さんにとってどんな一年でしたか?

私は今年は文字通り「掃除」に明け暮れ始めた一年でした。

何がキッカケかは忘れましたが、『自分を誤魔化したくない、偽りたくない』という思いが強まり、そこから何に着手するかと思えば、何年も放置していた庭の大掃除でした(笑)

気になっていたことがあっても直ぐに対処せずに様子見しながら「後回し」にして過ごすということはありがちですが、自分を騙しているような行為に思えて苦痛になって来たのかも知れません。

 

そして気付いたのは、掃除を始めると不思議なほど自分の内側の観察が始まる。

内観です。

私にとって、掃除は『内観』。掃除そのものが誤魔化さない作業だからでしょうね。

なので、今年の私はまるで小坊主のように毎朝床の拭き掃除をしたり、時間が空けば次の標的に定めた場所の整理整頓をすることが殆ど趣味のようになってました。この『内観』の心境はとても興味深いので改めてまとめるつもりです。

私の場合の内観は、矛盾を無くしていくような感覚。今抱えている感覚や感情を『答え』とした場合、そこに至る『式(原因)』を求める感覚です。

スッキリします。

 

さて、今から正月用のお煮しめを作り始めたいと思います。

 

今年も一年ご愛顧をいただきありがとうございました。

2024年が皆様にとって晴れやかな一年となりますように。

良いお年をお迎えくださいね*◡̈* 

 

2023-09-09 12:52:00

やっと復活

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日頃から感染症対策には細心の注意を払っていましたが、8月後半から家族全員コロナに罹ってしまいました。数日の間隔を空けて発症したため、対面のお休み期間が長くなっておりご迷惑をお掛けしております。

私自身は発熱と咽頭痛は2〜3日で回復しましたが、その後の鼻炎と気管支炎の症状が1週間続きました。インフルエンザより熱は軽く、治り際の咳痰と鼻炎がしつこい印象で、まさに新しいタイプの風邪を引いた…という感じです。

地球が沸騰しているという言葉が絵空事とは思えないような異常すぎる猛暑だけでも参りそうなところに、まさかコロナに罹患するとは考えもしない試練でした。

世の中のコロナ後遺症という言葉に正直ピンと来ていませんでしたが、自分が罹患してみて、なるほど…という感じがするほど、要は『普通の、従来の風邪やインフルエンザよりも抜けが悪い(回復期が異様に長い)』という印象です。でも、これはコロナの性質というか、恐らく、この異常に長い猛暑の疲れが溜まっていたのも関係している気がします。

まだ残暑も続くようですから、このような感染症は未然に防ぐためにも、少しでも喉に違和感を感じたら『人に移さないようにする』ことが肝心だと思います。

我が家のコロナ第一号は、職場の同僚から感染したようです。その方は咳が続きながら数日勤務、その後熱が出て初めて欠勤し、その日のうちにコロナ陽性と判明。その翌日、同僚である私の家族も発症。5日後に私も発症という展開からも、とにかく『人に移さないための判断』は大切だと思いました。

 

先日の大雨が抜けたあとの仙台上空には、やっと秋の気配が感じられました♪

もう少し暑さは続くようですが、季節は着実に移り変わっていますね。

まずはこの度の療養ではご心配ご迷惑をお掛けしました。気持ちは完全回復中ですが、体力の回復を見ながら仕事に復帰したいと思います。

皆様もどうぞご自愛下さい。

2023-06-16 18:18:00

全てはそこから始まった

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'90年前後の仙台のサブカル空間

※一部加筆済み 2023-06-21

ここ最近の新規のお客様方から、『魔女の家』について尋ねられる事が多いので確認してみたら、仙台マンションの魔女の家の店舗が閉業していたと知りました。

ですので改めて一度、私の経歴も併せて魔女の家のことについてまとめますね。

 

かつて仙台市青葉区一番町4丁目商店街には、1990年前後のサブカルチャーが集まったようなテナントビル『Shall(シャル長崎屋)』がありました。現在40〜60代で仙台を知る人にとって懐かしい場所ではないでしょうか。仙台の魔女の家は、そのビルでも特に個性の強い3階でスタートしました。

同フロアにはヒステリックグラマー、ガラクタ貿易(ヴィレヴァン系雑貨店の草分けのようなお店)、Blackなどのロック系アパレルショップや雑貨店が入り、4階フロアは古着屋や床屋さん、そしてタワーレコードが入っていました。

そのような環境に魔女の家は生まれたわけですが、そもそも魔女の家の発祥は関西。創業者のアレクサンドリア木星王氏はタロットを日本に広めた第一人者であり、そのお弟子さんである小関昭子さんが開いたお店が仙台の魔女の家です。

 

魔女の家の発祥

『魔女の家』という名称の起源について知る方は少ないと思うので少し触れますね。

タロットという海外の文化が日本人に知られ始めたのは今から50年程前で、早くには1960年代に作家の澁澤龍彦氏が書籍でタロットという存在に触れたあたりが国内での最初の産声です。

そして1970年代以降、前述の木星王氏がタロットに関する数々の研究書・入門書を出版。更に「School of Wicca」という通信講座を開講し、1980年代以降そのメンバーの方々が在籍したであろう国内初のタロット占い店が、木星王氏が関西で開業した『魔女の家』です。

そんなわけで、魔女の家はタロット占いを全国に広めた草分けであり、タロットや魔術書関連、西洋占星術等、かなりコアな専門書を扱う出版社『魔女の家BOOKS』でもあります。

※この魔女の家の『魔女』の詳しいニュアンスについては後日まとめてみたいと思います。通説的に使われる魔女の意味とは異なります。

欧米を中心に民間に広まり始めたタロットを日本国内に広めた方々の中でも、木星王氏(魔女の家)が第一人者と呼べる理由は、当時まだ一部のマニアにしか知られていなかったタロットという知識体系を、数多くの入門書とタロット占いの実店舗を通じて一般にも広めたことにあると思います。(魔女の家BOOKSの書籍は当初からかなり専門的で、今ではその多くがプレミア価格です。)

 

更に細かく言うと、1980年代に木星王氏が展開した『魔女の家』の一つが神戸三宮のシャル長崎屋にあり、早くから木星王氏に師事しタロットをマスターしていた小関昭子先生が木星王氏の勧めで同じ系列のシャル長崎屋仙台店に開業したのが『魔女の家仙台店』です。

私がそこでプロとして活動を始めたのが1991年3月、まだ21歳という年齢でした。

 

タロット占いという技能

私は10代後半から、それこそ魔女の家BOOKSの教本で西洋占星術を勉強していたものの、タロットに関してはほぼゼロからのスタート。にも関わらず快く仲間に迎え入れて下さいました。

私がホロスコープ(占星術)を読むようにタロットリーディングをする傾向があるのは、占星術の土台にタロットを当て嵌めて読み取るクセが、スタート当初からあったからなんです。(逆に、占星術の知識があったせいで、タロットへの理解が異様に早かったのだと思います。タロットの中には占星術が織り込まれてますからね。)

そんなわけで、私のタロットリーディング(特にホロスコープスプレッドの独特のスプレッド法など)は完全に魔女の家仕込みです。

 

しかも、20代前半という若さでプロとしてタロットリーディングをするというのは、今思えば巫女の修行のような世界に近かったのかも知れません。なにせ人生経験からのアドバイスなどではなく、タロットというエッジの効きまくった専門道具を通じてまるで神託のように『リーディングを降ろす』ような日々ですから。でも、それは30年以上経った今でも根本は変わらない気がします。年齢を重ね、人生経験も積んでいるわけですが、タロットを読む行為というのは人生経験と全く異なる次元の〈専門職〉と言える独特の技能があると言って良いと思います。

 

タロットの実態

私がある意味幸運だったと思うのは、魔女の家のような場所からタロットリーディングをスタートしたことにより、知識よりも何よりも実践によって『タロットは実際、どの様な状況にどのように出て、どうように読めるのか』を何万件も見せられ続け、叩き上げられたことにあると思っています。

そのせいで、知識以上にリアルな実体験としての生きたタロットリーディングが浸透したと思います。(幸いにも、多くのリピーターの方々から経過・結果報告を受ける機会に恵まれ、必然的にタロットのリアルな実態と世界観が形成されていったと思います。)

実際の現場でのタロットの出方・読み方、それを魔女の家という場所で吸収して来れたことは何にも代え難い経験です。

 

当時の客層は特に20〜30代が多く、それ以上の世代の方や10代の制服姿の高校生も見られましたが、あの雰囲気に負けて入店を断念した方も多かったかも知れません。ロックが鳴り響くフロアの一角で、タロットカードは勿論のこと、魔術書や占星術の教本、海外から輸入した魔術グッズやキャンドル、オイル、インセンスなども展示(販売)していましたからね。

 

魔女の家育ち

私が在籍していた1990年代当時のシャル仙台魔女の家には、オーナーを除いてほぼ同世代(当時20代)の占い師が(私を含め)4人在籍していました。

今だに、「よくぞ『魔女の家』と名付けたなぁ…」と感心するほど、当時の私たちはまるで姉妹のように親密で、なにか特別な親戚のような絆で結ばれている安心感を今だに感じる、まさに文字通りの〈魔女の家〉そのものでした。木星王先生がそこまで見越して名付けていたのだとしたら全く脱帽です。。

ちなみに私が店に入ってから数年の間に、私以外の仲間は一人ずつそれぞれに新たな道へ歩み出し、当時の在籍メンバーでタロットの仕事を続けているのは私だけです。

そんなわけで21歳から魔女の家で純粋培養的に育ち、私生活では出産・子育てが始まった1997年前後にお店から独立し、それ以降は完全に個人で活動しています。

※魔女の家が一番町4丁目のシャルから中央2丁目の仙台マンションへ移転したのは私が独立した後です。

  

幼少の頃から海外移住の夢を持ち、ランドセルを背負って小学校に通う6年間は『人間の子供期間は長すぎる』と感じていたような奇怪な子供だったのが、紆余曲折を経て占星術師を目指し始め、必然的にタロットを始めることになってしまった人生…と言うのも、少し変わってるのかも知れませんね。

 

占いに特化した常識人

ただ一つだけ感じるのは、、

占い店や占いの館というと、一般人とは少し掛け離れた世界の人々と思われやすいのかも知れませんが、私が居た時代(おそらくそれ以降も)の魔女の家の仲間は実に普通で、タロットリーディングや占星術の技能に特化した常識人の集まりでした。

そして何より、すべてのお客様を差別することなく公平に見るという意識が根付いていました。それは小関オーナーの人格(根底には木星王氏の意識)によるところが大きかったと思います。私が今でも誇りに思うのはこの部分です。この世界に生きる上での私の信条とも言えますが、世の中の多くの占い店経営者の方々もそれを心から望んでいるのではと思います。

占い師という職業は偏見や誤解を受けやすいものですが、どんなに優れた技能もその人の知性(教養)と人間性の土台の上でこそ健全に活かされるわけですから。

 

改めて、仙台で長年に渡り魔女の家を続けられた小関(アッコ)先生に心から感謝を捧げたいと思います。

 

 

✿追記✿ サブカルな背景

先に触れた通り、なにしろシャル当時の魔女の家は周囲の環境からもBGMには事欠かず、常にロック、ソウル、パンク諸々が大音量で流れまくっていて、その中の魔女の家は不思議と周囲に溶け込んでいました。(むしろタロットの店に押されない周囲の個性が凄いと思います)あの妖しく賑やかな環境で占星術の仕事が出来るなら本望…という気持ちで入ったと言えるかも知れません。

10代からファンク、ロック、テクノ、アシッドジャズ、ガムラン諸々の音楽に浸り、国内ミュージシャンでは、じゃがたら、ミュートビート、ボ・ガンボス、レピッシュのLiveに行っていた私にとって、当時のShallという場所は憩いの場でしたから…。

なので、私のタロットリーディングの空間に大きなオーディオセットや大量のレコード(主にロックやソウル系)があるのは至極当然なんです。さすがにセッション中は静かめのボサノヴァあたりしか流しませんが…。(ちなみに夫はシャル時代のタワーレコードの社員です)

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改めて書いていて思い出しましたが、私にとってタロットの始まり=サブカル空間(シャルの中の魔女の家)への仲間入りというのは、あの場所の空気そのものが〈素の自分〉に近かったために吸い込まれるように違和感なく飛び込めたのだろうと思います。

(実際、当時のメンバーはスピリチュアルというより断然サブカル寄りな個性だった…というのも、あの時代の魔女の家の雰囲気を生み出していたのではないでしょうか。)

とにかく当時の記憶や想い出を書き出すと止まりません。郷愁そのもの。。

2023-05-03 01:17:00

月齢

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数年前から個人的に何となく薄々感じていたのが、大体同じサイクルで同じような体感(体調)を感じることがあるということ。

カラダ全体が程良くリラックス(弛緩)していて、どんなに動いても疲れないし心拍数も変わらない。まるで海の中に漂うクラゲのような無重力感というか、心身の静寂を感じる心地好い体感。

それを感じる時の月齢が、ほぼ必ず『上弦の月』なのが分かって来ました。

しかも特にここ最近は、この体感から『今日は上弦の月だな?』と当てられるほどの、上弦の月キャッチャーになっています。

半月というのは陰と陽のバランスが取れているから…心地好い体感になるのでしょうかね。。それとも、私のネイタルチャートの月(魚座)が6ハウスにあるせいで、月齢の影響を特に受けやすいのか?肉体の経年変化によって、月の満ち欠けによる生体バイオリズムに反応するようになったのか?

 

この『月齢』に寄り添った食の実践があることを、以前タロット講座の受講者さんの一人から伺ったことがありました。それがとても興味深かったんです。

「今は新月が近いから根菜類のデトックスメニューなんです⭐︎」と、家族分のオシャレな曲げわっぱ弁当を見せて下さって、思わず見惚れてしまいました。

当時の私は国分町のカフェ中心に対面セッションをしていた時期で、それまでと比べて深刻な運動不足に陥っていた頃。セッションの合間に庭仕事や掃除を併行出来ていたホームサロンとは全く異なり、殆ど終日狭い店内にジッとしていなければならなかったので不健康極まりない状態でした。

このままでは身体が参ってしまう…というのもあって国分町のカフェを閉めて再びホームサロン一本に戻したのですが、そこから再びリズムをリセットするのも一苦労でした。

 

でも、こんな風に体感で月齢が分かるぐらいなら、それを活用することも出来るはず。…というか、やはり人体は月の満ち欠けが引き起こす海の潮流とルーツ的にも繋がっているということなんでしょうが、普段そんなルーツ系ばかり調べています。

 

しかし、これらを敏感に感じ取ることは簡単なんですが(私の場合)、これを快適なものに整えるための『実践』には完璧を求めようとしない方が良いと思います(私の場合w)。

心地好さをもたらす『ほどよい手抜き』は、月齢に添う中でも(少なくとも私にとっては)大切な意識だなと感じます。常に完璧を求めるということは、自然の摂理に逆らって無理を強いる、その上ムキになることで一層心地悪くなるわけですから…

その辺を受け容れるとラクになれる人は、案外多いかも知れませんね…◡̈* 

 

【外部リンク】

毎日の献立に月の満ち欠けを取り入れてパフォーマンス向上

https://macrobiotic-daisuki.jp/moon-howto-eat-251864.html

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