COLUMN
2025-03-11 21:06:00
いのり
人は本当に祈るとき
ただ灯りを見つめて
心は『無』になっている
14年前のあの時を振り返って、改めてそう思います。
あらゆることを天に託し、
こころを無にして、ただ信じて待つ境地。
(一切の感傷から切り離された、超然と信じる感覚です)
そんなあの時の心境が蘇ると、自分の奥底にある何かが浄化されるような、不思議な感覚が湧き上がります。
14年前、本当の暗闇を灯したキャンドル🕯️
— 𝐌𝐢𝐧𝐞𝐫𝐞𝐚🐈⬛峰レア (@minerea_com) March 11, 2025
とても綺麗なので大事に飾っていた絵蝋燭に火を灯して本当に祈ったあの当時。
本当に祈る時、人の心はただ灯りを見つめて心は『無』になっていると、改めて思います。全てを天の采配に託して、信じて待つ境地。 pic.twitter.com/8NFReduq80
この域の(ある意味プリミティブな)『祈り』 には、現代の高度な文明や教養に本当に相応しいレベルの霊性を進化させるパワーが宿っている…と思います。
しかも、それはその人個人ではなくて、《種》全体の霊性の進化…
私自身こんなことを書いていても、普段はほとんど忘れてるんですが、祈りって『種を信じる(進化させる)ことの完成』として人間が持つ唯一の手段じゃないかと思います。この世界で人間だけ、それがまだ出来てない(それどころか退化している)種なんだと思います。
だから2011年のあの祈りの体験は、決して忘れてはいけないレベルの意味を持っているんですよね。